OBからのメッセージ No.32
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宇都宮 常男卒業年度:1971年(S46年)
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宇都宮 常男卒業年度:1971年(S46年)
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表題
- 冬の晴れ間にて
2024/01/08

私は、高専卒後非鉄メーカーに三年弱勤めました。その後、考えることがあり建築学科で建築を学びました。この二回目の卒業後、ずっと建築設計分野で働いてきて現在に至っています。学園での思い出は多く、学園の建物や寮(下宿先)、新居浜という街に伴う連想もあります。それらが結び合わされている記憶は、私にとってとても貴重です。今日は、最近の仕事を通じて感じていること、壮年期の一時期に「アート病」(自称)にかかったこと、現在の生活環境について紹介させていただきます。
① 義務教育学校新築工事:隠れる部分をめぐって
去年の年末まで現場常駐の設計・工事監理担当者として約2年半現場に毎日通い続けました。以下にその過程の一部を示します。押しなべて云えば、上書きされて(被い、上塗り等々)隠れてしまう過程または箇所がどんどん増えていきます。物象に限らず施工計画・工程表などの「こと」さえも含みます。ひとの営みとして後追いの取り繕いは不可避、意図的隠ぺいを暴く視点も必要です。
判断に悩むグレーな事態も起きます。解釈や決断をめぐって施主、施工企業、設計者、行政もグレーな言動に陥る事態も起きます。しかし関係者は、落としどころを「忖度」し完成期限を絶対に守ろうとせねばなりません。建築には、解答や解釈が多義的であることや現場一品主義的生産という特徴もあります。かくて、心情的にも経済的にも割り切れない、多大な時間を必要とします。

② ビジネス建築とコンセンプチュアル建築(共に自称):人生のまわり道
前述の義務教育学校はビジネス建築、以下の画像に示すものはコンセプチュアル建築と仮に名付けます。後者は、前衛的・実験的芸術につながります。青年期も過ぎた30歳から45歳の壮年期にこれに魅せられ、その真似事に相当の時間とお金を費やしました。これは、いわば「病」か「岡ぼれ」です。あげく中途半端な挫折に終わりました。先述の学校二回卒業という一回目のまわり道に加えて、二回目のまわり道をおかしてしまったのです。時はバブル期と重なりますし、建築の歴史的には近代主義に反発するように生まれてきたポストモダニズム、ネオポストモダニズム運動期とも重なります。
ただ、好きな分野で時を忘れる仕事は反面寿命を縮める。挫折は、良かったのかなあ・・・。 でも、10年後にコンセプチュアル建築に再挑戦したいなあ・・・。それまではビジネスです。どちらにせよ生きることでしょうか。

③ 南関東漂流漂着居留:青葉台に落ち着きました
高専卒業以降、浦和、稲毛、茗荷谷、川越、青葉台と移り住んできました。考えてみれば、これもまわり道そのものです。青葉台で20年経ちました。本学友会には神奈川在住の方も多いとお見受けしました。共有できればと思います。TVにあやかり「ナニソレ凡百景」をご紹介したいと思います。

命令や他律から解き放たれるためには、生きるための生物的配慮から自由になる時間・空間・ゆとりも必要条件ではないでしょうか。広い自然や土地や空気は、それを助けてくれる気がしています。