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OBからのメッセージ No.30

  • 第15期 金属工学科
卒業年度:1981年(S56年)

  • 第15期 金属工学科
卒業年度:1981年(S56年)

表題

  • 外国人との距離

2023/11/7

 

子供の頃、外国人は遠い人で、まさか自分が外国人と会話をしたり一緒に仕事をするなどとは思ってもいませんでした。しかしいろんな場面で外国人と接して、今は自分の中で外国人との距離がすごく近くなっています。

 

<外国人と接する事なんてないと思っていた10代>

生まれ育ったのは小さな村で、外国人など1人も居ませんでした。 その頃は、将来外国人と一緒に仕事をするとか、海外に行くなどとは夢にも思っておらず、英語は勉強するものくらいにしか考えていませんでした。高専に入学して、英語の教科も増えドイツ語もありましたし、外国人教師も居ましたが、外国人に対する認識はほとんど変わりませんでした。

 

<仕事するためには英語も必要>

就職したのは、ソフトウェア開発事業を中核とする会社でした。

ソフトウェア開発では、英語の専門書(マニュアル)を読む必要があり悪戦苦闘しました。今では考えられないですが、まともな日本語の説明書やガイドが無い時代で、専門書には通常の会話にはないニュアンスや3文字熟語も多く、半ば心が折れてあきらめようと思った事もありましたが、周囲の人に助けて貰ってなんとか乗り越えました。

英語に少し慣れ、来日した外国人から説明を聞く機会も増えて英語が特別な事ではなくなってきましたが、外国人はやっぱり遠くの人のままでした。

 

<アメリカ旅行でナンパ>

27 歳のとき、友人がアメリカに企業留学していて遊びに行きました。 1週間でしたが友人の車でカリフォルニア州、ネバダ州、アリゾナ州をめぐり、あまりお金も使わず楽しませてもらいました。

この旅行中に2人で何度かディスコに行きました。踊りたかったのですが、その頃のディスコは男女のペアでないと踊れない雰囲気があり、男2人の私達は踊れずに見ていました。ウィスキーをチビチビ飲んでいたのですが、友人から「女の娘に声を掛けようゼ」との発案があり、私からトライする事になりました。英語もろくに喋れないのですが、まあやってみるか、と2人組らしき女性を見つけて「Will you dance?」と話かけてみました。

でもそう上手くはゆきません。「ゴメンね、人を待っているので」などと優しく断られました。でも嬉しかったー、もしかしたら「お呼びじゃないよ」などと口汚く断れる事も覚悟していたのですが丁寧に対応してくれて、とても満足でした。他のグループにも話しかけてみましたがほとんど同じ反応でした。

私の中では白人は遠い存在で、映画の中で白人が有色人種を差別しているイメージもあり少し怖かったのですが、多くの人達はそうではないんだと、言葉も宗教も違うけれど多くの事を共有できる人間なんだという事を少しだけ理解しました。

 

<2度目のアメリカで大失敗>

2度目のアメリカは前回から半年後、今度は出張でした。JALでロサンゼルスまで行き、国内線に乗り換えてボストンに行くルートでした。

半年前にロサンゼルスに行ったばかりだったので、ちょっと得意顔でロサンゼルス空港に降りて、税関を抜けて国内線に向かいました。そして国内線のカウンターでチェックインしようとしたら、ガーン、チケットが無い。突然大変な事になってしまいました。ポケットもバッグも確認しましたがありません。

もと来た道をひき返しながら、ビックな黒人に、ふくよかなマダムに「Do you know my ticket?」と尋ねてみますが、誰もが「I don't know.」と気の毒そうな顔で返すばかりでした。

チェックアウトゲートまで戻った頃、JALのCAが出てきたので事情を説明したところ「そういえば、税関の職員がチケットを拾ったと言っていたわよ」と。「それだ!」という事で、CAに職員のところまで案内して貰ったところ、小柄な黒人の職員が「Is this your ticket?」と。「Yes. This is my ticket. Thank you, thank you.」という事で返して頂きました。

渡る世間に鬼はなし、とてもとても嬉しい瞬間でした。そして無事国内線に乗る事ができました。

ところが、です。大変なミスを犯していました。チケットを拾ってくれた職員にチップを渡さなかったんです。お礼の気持ちの大きさから云えば100$のチップでもいいのに、痛恨の失敗でした。おじさん、ゴメンナサイ。

 

<フランス人も優しい>

90 年代の後半、38歳のときに、出張でフランスに行きました。日程もホテルも明確に決まっていたのですが、日本を離れる前にホテルへのコンファーム連絡をしないまま飛行機に乗りました。コンファームが必要だという事は知っていたのですが、代理店からのホテル予約連絡が届かないので、代理店が実施してくれたんだろう、と勝手に思っていました。そして、フランスに到着、バスでホテルに到着してからが大変でした。

ホテルの予約リストに自分の名前がない事をそこで知りました。

ホテルは、郊外の比較的のどかな感じの土地で、周囲にホテルは見当たりません。 このまま「はい、そうですか」と引き下がったら今夜の寝場所がありません。そこで、これまでの事情と今日は絶対にこのホテルに宿泊したいんだ、という事をブロークンな英語で伝え続けました。

交渉すること、20-30分だと思いますが、少し高めの部屋でしたが、やっと用意してくれました。ブロークンだろうが何だろうが意志を伝えたら、助けてくれます。なんとかなるものです。

 

<外国人も同じ人間>

これらの経験を通して、自分の中で外国人との距離がとても近くなりました。

外国人というだけで思わず身構えてしまいがちですが、誰でも同じです。好意を示してくれれば嬉しいし、困った事があれば助けてあげたいと思ってくれます。

国内にインバウンドの観光客が増えた今、今度は自分が助けてあげたいと思っています。困っていれば「僕は君の味方だよ」という事を伝えたいし「May I help you?」と声を掛けようと思っているのですが、残念ながら英語力がありません。何に困っているのかを英語で話されても理解できない可能性が高いです。声を掛けたら他の人に迷惑をかける事になりそうです。

スマホの自動翻訳を使ってみるかなー。



運営からのコメント

田舎育ちで外国人は遠い存在だったけれど、海外旅行したときに、英語もあまり喋れなかったOBが、1人で話しかけたり、失敗時に助けて貰ったりした事で外国人をとても身近に感じる様になったエピソードを紹介しています。ぜひご一読ください。
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西田浩志
2 months ago

井の中の蛙大海を知らず、というところでしょうか

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