OBからのメッセージ No.29
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佐野 満秋卒業年度:1975年(S50年)
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佐野 満秋卒業年度:1975年(S50年)
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表題
- 海外での思い出&今昔四方山話: ドイツ編3 種々の返礼
2023/11/3
ドイツ国の居酒屋で折鶴:1983年11月ドイツに着いてから一週間程して、日本から同行した同僚と二人だけの(通訳不在での)晩飯。フルコースはちと飽きてきてたので、ざっくばらんな大衆食堂みたいなところを探した。 賑わっている店を見つけたので入ったら、ドイツ国POPs音楽と紫煙の中、客は酒盛り中! メニューを見て困った。フルコースとか一品料理とか普通のレストランのまとめ方とは違うので、どんな料理か想像できない!辞書を引こうにも照明が暗くて時間が掛る。
で、日本円換算で1000円程度の一品料理を試しに一つ注文してみた。そしたら直径30cmほどの大皿に山盛りのムール貝が出てきた。故郷の海辺で見かけたことはあり「カラス貝」とか呼んでいたと思うが、それを食べる話など聞いたことは無かった。日本で食べたことも無いのに海からほど遠い海外のこの地で初めて口にした。胡椒が効いてて結構うまかった。貝だけで腹いっぱいになってしまった。
さてさてビールを飲みながら時差ぼけ解消の為にテーブルに備えたあった紙ナプキンで折鶴を折ってみた。出来上がった頃、この席担当のウェイトレスが次の注文のお伺いに来た。そして折鶴に気づくなり「Was ist das? これは何だ?」と聞いてきた。「折鶴だよ」と応えたかったが、哀れなことに該当する言葉を覚えていなかったので知り得る限りのドイツ語を試してみた。「Papier Vogel, Schwan!=紙の鳥、白鳥(嘘です。本当は鶴だけどそのドイツ語を知らなかったので似ている白鳥を使いました)、Geschenk fuer Sie=プレゼントするよ」と言ってみたら通じた!「Danke schoen!」と言って折鶴をカウンターへ飾ってくれた。
そしたら其処のカウンターにいた4、5人の男達が、「これは珍しい!ワシの子供に見せて遣りたいから、一つ俺にも作ってくれろ!」と。その場の勢いに応じて私と同僚はせっせと折鶴を作って挙げる羽目になってしまった。そしたら 1 羽毎にビール(ドイツでは小ジョッキのビールは500ccと決まっています)が返礼されてきた。まぁ下戸の私は流石に飲めなかったが、同僚は私の分までただ酒をたらふく飲めたのが幸せだったね。そこでの状況は一段落したが、まるで「わらしべ長者」みたいだった。
日本とドイツで仕事仲間との交流:1984年、ABSを製造する新会社へ出向し翌年転籍した。製造課で ABS の生産を立ち上げた後に技術開発部へ異動しトラクション制御システムの開発に着手した。
RB社のASR(Antrieb schlupf Regelung(独逸語)=駆動輪滑り制御=トラクションコントロールシステム=TCS(又は VSC 等の英語の略語もあった))を日本の自動車メーカーに販売促進を目指し、顧客に紹介するためのプロジェクト。
ASRユニットを車に取り付けて配線するまでは出来たが、配管は未経験だったのでどうしたものかと思案していた。
ちょうどその頃、ABSの実車装着作業の熟練者が新会社の若手へ指導するべく来日していた。彼は若くてまだ27or28歳位だった。日本語は理解できず話せるのは母国語と片言英語だった。が、英語が話せる恋人が同行しており通訳してくれた。彼女の祖母は運良く宝くじが当たったそうで、彼女に日本への旅費を工面してくれたとのこと。
そんな彼がプロジェクトの手伝いをしてくれることになった。ASRの装着は小生が、配線は電子・電気系担当の同僚が、配管を彼が担当する事になりプロジェクトは順調に進んだ。
そのお礼のつもりで彼と彼女が滞在中の3週間、平日は夕食を共にし、土日は朝から観光地を案内するのは勿論のこと美味な和食を一杯楽しんでもらった。

それから3年後の1987年小生がドイツ国のRB社の研究所に出張したおり、その二人が会社に居て、滞在中の3週間毎晩毎晩、下戸の私を居酒屋へ招待してくれた。
彼らは夕方5時過ぎから11時頃までひたすらおしゃべりしながら、ビールを飲むだけでつまみはおろか固形物(食べ物)は一切摂らない。飲め飲めという強要も一切なく話が弾んで喉が渇いた頃に私はマイペースでチビチビとビールを飲んだ。
300cc 飲めば睡魔に負けていた私が、不思議なもので帰国前にはビールなら2リットルほども飲めるようになっていた。毎晩ビールを御馳走してくれたのは日本でのお返しと思っていたが、それにも増してこの私の肝臓のアルコール分解能力を増強訓練してくれていたのである。こういう返礼の仕方もあるとは思わなかった。
それ以降会社の飲み会の後電車に乗って帰宅する際に、終点まで乗ることはなくなった。下戸の私を多少とも飲めるようにしてくれたのに感謝!