OBからのメッセージ No.33
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猪川 正人卒業年度:1973年(S48年)
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猪川 正人卒業年度:1973年(S48年)
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表題
- 営業経験は私の財産、おまけの人生を楽しく過ごしたい
2024/2/20
私は大阪に本社のある建築塗料メーカーに入社し、40年間勤めました。始めは技術開発部にて3年間勤務していましたが、忘年会等では「宴会部長」になることもあってか東京で営業することになりました。(高専時代は空手道部に所属した際の食事会等で部員皆さんの手拍子の元、テンポのいい歌や楽しい替え歌を大きな声で歌うことを教えられ、鍛えられました。3年になって川之江の自宅から汽車通学になり部活を続けることが時間的に困難になったので在籍は2年に留まりました。)入社時にはまさか私が営業をするとは思っていませんでした。
営業は東京で5年、高松で16年、広島で16年でした。営業のスタートが政治・経済・文化の中心である、花のお江戸で5年間させて頂いたのは私の人生に大きなプラスとなりました。それは当時の大型物件や斬新意匠の現場に接することができたり、大手ゼネコンの技術研究所や設計事務所へ訪問し、建築塗料に対するニーズをお聞きして技術へフィードバックしたり、東京23区の区役所建築課へのPR訪問により都内の地理には詳しくなりました。
このことはのちの中国・四国地区の営業時に大いに役立ちました。東京の著名物件の話が出た時や地理の話が出たときは結構詳細にお話ができたのでその場が盛り上がりそれからは親しくさせて頂いた方もおられます。
しかし営業当初は技術出身の営業として自社製品を貶されたときは必死で反論したり、指摘されたことに若気の至りで断言してしまい大恥をかいたこともありました。逆に私のミスも寛容に受け止めていただき問題解決のために応援して下さる方もおられ、世の中いろんな方がいるなあと思った次第です。

建築塗料は下地の状況や天候等施工環境の影響でクレームの発生が多いと思います。 各種クレームの対応途中ではいつも問題を大きな方向へ考えることが多かったですが、終わってみると案外スムーズに解決することが多くて、「案ずるより産むが易し」だと感じたものです。
今になって思えるのはクレーム対応時には当事者しかわからない悩みもあろうかと思いますが「ケ・セラ・セラ」(スペイン語Que sera sera=“なるようになる”の意、Doris Day の歌:https://www.youtube.com/watch?v=xZbKHDPPrrc)の精神が必要だと思います。どんなことも時間がたてば解決していますから。
営業させていただいたおかげでたくさんの人と接することができ私の財産になりました。お陰様で40年間勤務中は大病もなく無事リタイアいたしました。
ところが63歳で糖尿病を発症し、65歳では睡眠時無呼吸症候群の診断を受け、 今でも就寝時には鼻にC-PAPという器具を装着しています。
66 歳の時には胆嚢全摘手術を受けたり70歳では冠動脈のステントとバルーン処置入院をしたりで年齢を重ねるといろいろ不具合が起きてしまいました。
ここ数年で2人の高専時代の親友が亡くなってしまい、もはやいつ誰がどうなってもおかしくない年齢だと気づかされました。
現在は元気に過ごしておりますので、約2年前から週に3日ほど近くの小学校へ通い、学童保育指導員補助員としてパート勤務で働いています。
小学生低学年の学童が自分でコマ回しができるようになったり、コマを手の平に乗せることができるようになった時の満面の笑顔を見れる学童達との楽しい時間は最高です。 あとトランプやウノやオセロやドブルやハリガリや将棋といったゲームも時々一緒にやっています。けん玉やルービックキューブもブームになったりします。
個性豊かな子供たちと接していますので時々少し強い口調で叱ったりもします。でも本当に半年、一年で大きく成長する様子が見られて私にとってはとてもやりがいのある勤務です。
また、娘が習っているパン教室について行ってからパン焼きに興味を持ち、今ではよくパンを焼いてます。年末にはシュトーレンも焼きます。
80 歳まではゴルフをしたいと思っており、練習も週に2回ほど行ってます。
そして週に2~3回オンライン麻雀のマルジャンを楽しんでいます。マルジャンでは累積対局結果に応じて級や段位をいただけます。私は今2段です。
これからも肯定的会話の実践を心掛け、おまけの人生を健康で楽しく過ごしたいと思っております。