OBからのメッセージ No.18
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藤原 貴美卒業年度:1969年(S44年)
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藤原 貴美卒業年度:1969年(S44年)
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表題
- 日食を追いかけて
2023/03/01
ひうち会担当者から投稿依頼が来た。さてさて何を書けばよいのやら。私は昭和23年10月新居浜で生まれた。小学校ぐらいから夜空を見上げて輝く星々になんとなく興味を覚えた。私が高専に入学した年、天文ガイドというアマチュア天文ファン向け雑誌が刊行された。本の中の天体の写真に感動を覚えた。その中でも皆既日食の記事には特に興味があった。いつの日かこの眼で皆既日食を観たいと。。。
子育ても終わり、勤めていた専売公社(現JT)も勤続29年で仕事もおもしろくなかったので早期退職制度の応募に、すぐさま手を挙げ退職した。御年49歳の春だった。当時親父が社会保険労務士事務所をやっていて私も勤務時代36歳ぐらいに社労士資格を取得していた。当時は国家資格は荷物にならんし、この後何か役立つかもと考えていた。とうことで、親父の後を継いで社労士事務所を開業した。年収は3分の1になった。でも、人に使われることもなくまさに自由人になった。中学から高専に入学したあの解放感、自由感覚そのものだった。これで自分が使える時間は嫌というほどある。いつの日か見てみたかった日食。そうだ長い間の夢だった日食を見に行こう。
最初に行ったのはトルコだった。2006年3月29日だ。日食ツアーは通常のツアーの数倍の価格となる。世界の日食ファンが押し寄せるため、飛行機代、ホテルが高騰するらしい。
皆既日食は太陽、月、地球が一直線となり、地球上の観測者から見ると太陽が月に隠される現象だ。ここで不思議なのが、地球から太陽までの距離が地球から月までの距離の400倍であり、太陽の直径が月の400倍であるということだ。この距離と直径の関係がなければ日食は起こらない。まるで、神が人類に自然の現象を知らせしめるようにしくんだようだとつねづね思う。
最初のトルコ日蝕ツアーはすばらしいものだった。観測地はコンヤのホテルの敷地内。朝から快晴の青空。太陽がギラギラと輝いていた。いよいよ皆既の始まり。周りのセミプロのツアー同行者は望遠鏡にカメラと機材をセットしてスタンバイしている。私は双眼鏡で眼視観察である。
日食は自分の眼で見るのが最高だ。皆既が始まった。ダイヤモンドリングだ。コロナがダイヤモンドのような光芒を放つ。なんと美しい素晴らしい光景に胸の動悸を感じた。わずか3分ほどの天体ショーであった。
これで私の皆既日食は病み付きとなった。
ツアーでは観光地めぐりもありカッパドキア、パムッカレ、モスク等々素晴らしい自然と遺跡も堪能した。無事帰国し数日後イスタンブールで暴動があったとのニュースに接したがあの美しい街でと驚いた。また、先日大地震がトルコであって大勢の方が亡くなったとのニュース。早く復興することを祈っている。
2 回目は中国である。2009年7月22日。日本でもトカラ列島で観測される。
中国も行ったことがなかったので軽い気持ちでツアーに参加した。上海空港に着陸したとき今のコロナのように感染症が流行っていたらしく、入国審査場では白い防護服をきた防疫?の人が大勢いたのを記憶している。日食2日前までの観光では40度近いくそ熱い天気だったが、日食当日は朝から曇り、皆既時間近くになると大雨、雷まで鳴っていた。散々な日食であった。 帰国してから日本のトカラ列島で観測した人達も大雨で散々な目にあったとのニュースに接した。 これで一勝一敗。まあまあかなと慰めた(笑)
3 回めはオーストラリア ケアンズである。オーストラリアも初めてだ。2014年11月14日。成田から香港経由だったが、乗り換え時間が少なくあわやおいて行かれるとこだった。添乗員が先頭を切って走っていった。普通一番後から確認して案内するんだろうに。そこでは早朝の日食のため午前3時頃の観測場所への移動だった。天候は曇り。微妙な天気だった。
いよいよ皆既日食の時刻。雲間から少しだけ皆既状態が観測できたが、トルコのようなクリアなものではなかった。ここでの観光はグリーン島、キュランダ村等々コアラちゃんとも記念撮影。キュランダ村へ向かう列車は、以前富士通の提供で世界の車窓からというテレビ番組で使われている列車の風景だと後から知った。
これで一勝一敗一引き分け。まだまだ。
4 回目は北アメリカ。2017年8月21日オレゴン州での観測となる。
サンフランシスコからバス移動。サンフランシスコはこの時5度目となる。いつ来ても美しい街だ。観測地はホテルの庭だった。この時も快晴。トルコを思いだした。皆既時間は2分足らずだったが、ダイヤモンドリングを十二分に堪能した。観光では、ヨセミテ公園に行った。広大なアメリカの大自然にいまさらながらびっくりポンした。こんな国と戦争しちゃダメダメと再認識。
これで二勝一敗一引き分けだ。勝ち越したぞ。
さてさて次は、2019年12月26日グアム島。ここでの日食は皆既日食ではなく金環日食だった。日食には部分日食、皆既日食、金環日食の3種類がある。学術的には皆既日食に劣るようだ。グアムも行ったことがないし、真夏のクリスマスも まあいっか と個人旅行で行くことにした。グアムでは、トルコで知り合った名古屋近郊のSさん、アメリカで知り合った京都大学のNさんとの再会をはたし、楽しい夕食を共にした。ホテル近くの美しい浜辺で観測した。もちろん快晴すばらしかった。グアムはまたゆっくり遊びにきたいなあと思った。

以上これまでの日食の追っかけでした。
来年 2024年4月にアメリカで皆既日食がある。海外遠征もそろそろ最後になると思うので行きたいとは思っている。
最後に私の希望と夢がある。
2035 年9月2日、日本の北陸から関東で皆既日食がみられる。近づいてくると日本国中大騒ぎになるだろう。願わくばこの眼で見たい。
しかしながら12年後は私も齢よわい87の手前である。願わくば子供と孫と一緒にダイヤモンドリングを眺め「ああ良いものを観た。ありがとう。楽しい人生だった。」といって静かに目を閉じ人生を終えるのが私の夢であり、希望である。