OBからのメッセージ No.9
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久枝 芳則卒業年度:1969年(S44年)
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久枝 芳則卒業年度:1969年(S44年)
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表題
- 真理・原理探りと成功体験
2022/09/16
真理・原理、世の根源的な仕組みに引かれ “成功体験”はアクティブに動いた結果
―ヒトは快感求め、快感のドーパミンはアドレナリンに転化しパワーに―
(学生時代:モノごとの真理・原理に興味)
勉学に励んだとはお世辞にもいえない新居浜高専の5年間、しかし、世の中の真理とか原理のような根源的な仕組みに興味ありました。
仁田先生の数学、二次方程式の微分〔 y = x2 → y´= 2x 〕、放物線の一点の漸近線傾斜tanδの求め方を教わり、それ以来どんな方程式でも微分でき、“鬼にカナ棒”の思い。
難しい「統計熱力学」、先生と同級生有志で一年間取り組みました。気体分子一個一個の動きはランダム。分子が動く速度(横軸)に対し分子数(縦軸)は正規分布、気体の温度はその系の活性状態そのもの。分子一個の運動量を分子の数だけ積分すると、気体方程式(PV=nRT)が得られ感動しました。
法学の授業では「ヒトや世の中に迷惑かけなければ法律は要らない」、経済では「どんな下町の中小零細企業でも、何か特長あるから経営できる」と教わりました。なぜか記憶に残っているのですが、複雑な社会の本質的な部分を、平易な言葉でズバッと教えていただいたから、ですね。
部活はワンダーフォーゲル部、週末は石鎚連峰の石鎚山や瓶ヶ森、別子銅山跡地の銅山峰や赤石山に登り、ロッククライミングや雪山にも挑戦しました。
一年間部長を務めましたが「遭難しない」がモットー、役割を部員に割り振り、任せて責任持たせると部活動が活発に。この経験は社会人になってからの組織マネージメントに活かせました。
DIC入社:一つ目の成功体験)
昭和44年(1969年)卒業、大日本インキ化学工業(株)(現DIC(株))に入社。千葉工場技術部に3年間勤務したあと本社の事業部に転属、何も分からぬまま営業マン人生が始まりました。
まだ25‐6才、営業マンとしてかけ出しのころ、仕事が終わって居酒屋で、先輩曰く「成功体験ないヤツはダメだ!」と。意味がよく分からぬまま気になるヒトコト、その言葉はときどき想い出しました。
私が担当した製品は世界で初めて製品化した「特殊エポキシ樹脂」、年産5000㌧のプラントを建設したものの、私が担当した時は年間200㌧程度の販売、長年赤字事業の誹りを背に受けながら販路開拓に明け暮れました。 「特殊」ということばは先進性を匂わせるよい語感ですが、 「なかなか売れない」の同義語ですね。
6-7名の営業マンで徹底的にマーケットインし、“がむしゃら”に市場開拓、徐々に売上が増え、二度の増設を経て、今やDICを背負う立派な事業となりました。一つ目の成功体験です。
(新規事業開発:二つ目の成功体験)
36才の時、営業部から開発部へ異動、二つの新規事業開発を担当、技術部のバックアップ受け、一人でやりました。
一つめのアイテム、プラスチック難燃剤の開発は、当時社会問題となっていたブラウン管カラーTVの火災事故やOA機器ハウジング燃焼時のダイオキシン問題に対応、事業化に成功しました。
1977年夏、大阪・堺市にある化学会社樹脂研究所で打合せ、競合2社のサンプルが優れ、私が提供したサンプルは物性が劣る結果。用途はOA機器ハウジング用で需要は大きく、DICは原料ポジションと生産能力は競合社より優位、この点をお客様に説明し理解・納得いただきました。
お客様技術者と話し合ううち物性改良イメージ持て、このビジネスは“DICが勝てる”と確信。その場でお客様に改良サンプルを評価いただく約束取りつけ、但し納期は一週間しかありません。
面会後、この研究所正門前の公衆電話に飛びつき技術部へ電話、偶々気の合う技術部S君が電話に出、別な目的で試作中のサンプルがあり、それを直ぐに発送しサンプル納期に間に合いました。電話受けたのがS君でなく、何事にも慎重なK君ならサンプル納期に間に合わなかった公算大。
このサンプルがお客様の要求物性にピッタリ合い、以降話はトントン拍子、他の樹脂メーカーの同様ニーズにもミート、OA機器ハウジング用難燃剤開発は一気に進みました。
この難燃剤は開発後30数年経過、今も日本国内はじめアジアの成形材料に使用されており、累積数量20万㌧強、累積販売金額1000億円強のビッグビジネスとなりました。
考えてみれば、大阪・堺市のお客様訪問タイミング、独断的な技術部への要請、電話に出たS君、相応サンプルがあった幸い、納期対応、どれ一つ欠けてもこのビジネス成立は困難でした。
その成功に至る過程は手探りに近いものでしたが、マーケティング3C分析(カスタマー、競合社、自社)をキチンと踏まえ照準合っていたこと、後々気付きました。それに“運“ですね。
その“運”とは、“タナボタ”的な出会いがしらの運でなく、努力して巡り合い掴んだ運、“天は自ら助くる者を助く”とか、“人事を尽くして天命を待つ”に近い運のことです。
もう一つのアイテム、カテコール系医薬品「MDH」の中間体原料開発は、急激な円高(240→ 160¥/$)に見舞われ、始めたばかりの事業を中断、数千万円の在庫処分損が発生しました。
この医薬品需要は肥満の多いアメリカ向けに計画、円高で採算とれなくなったことが原因です。 二つ目の成功体験であり、貴重な失敗も体験しました。
(改質剤事業の再構築:三つ目の成功体験)
40才のとき再びエポキシ樹脂営業に戻り、50才のときに中国江蘇省無錫市のJVに出向、帰任後は原料購買の仕事を2年、その後、57才のときプラスチック改質剤事業を担当しました。
改質剤とは、例えば、塩ビ樹脂は上下水道用塩ビ管に使われる硬いプラスチックですが、改質剤(可塑剤)を混ぜると軟らかくなり、電線絶縁被覆材、塩ビレザーや庭の散水ホース、玩具、食品ラップフィルム、医療用カテーテルなどに。液晶TVには、光の屈折率を調整する特殊な改質剤で変性した機能性ポリマーフィルムを組み込み、今ではリビングルームのどんな角度からも見えます。初期の液晶TVは、斜め方向から見え難かったのですが、改質剤のタマモノです。
私が担当した当時の改質剤事業は採算性に問題があり、当初与えられた課題は、事業再構築もしくは廃業の選択でした。
事業が抱える問題は、人事異動で赴任した瞬間に見えるもの、過去の経験と比較して分析できるものです。私がとった策は、低収益製品から撤退し、新製品を開発しグイグイ伸ばす、それと生産統合、簡単にいえばそれだけです。
低収益製品とは供給過剰で激しい価格競合に曝された結果にほかならず、撤退してもお客様は他社から購入できるので困らず、市場に迷惑かけることもなく、決断すれば簡単なことです。
問題は新製品開発の方、営業担当者は複雑な社内業務処理や会議に追われ、新規開拓を疎かにせざるを得ない日々。“歌わぬカナリアは裏の山に捨てる”と号令一下、私が陣頭指揮して社内業務処理を簡素化、開発に重点おきマーケットイン、お客様ニーズに合わせた新製品開発を進めました。
そうこうしているうち、液晶TVディスプレイ材料改質剤など新製品による市場開拓が実り、高付加価値品の販売が増え、廃業どころか高収益事業となりました。
ポイントは業務改善による開発重点化、開発の進捗を管理し、開発会議を通じて製造・販売・技術メンバーが情報共有。議事録は関係者全員に配布し、課題対応推進のコアにおきました。
選択と集中、進捗管理と情報共有、三つ目の成功体験です。
(DICリタイア後:成功体験の重要性をアドバイス)
62才のときDIC(株)を退職、中小企業を支援するNPOに参加し現在に至ります。昔の経験を活かし、「企業の将来のあるべき姿(戦略)」と「新規開拓」を連結し「その実行」をテーマとする研修講師を何度か務める機会があり、好評頂きました。若いころの先輩のヒトコト「成功体験ないヤツはダメだ!」を切り口に、仕事をしながら成功体験する方策を実習交えてアドバイスしています。

(成功体験は快感に…達成感=“やる気”が起きる源泉)
千葉県内某社で「顧客開拓のための営業の進め方」 というテーマの研修講師をしていたとき、たまたま知人の関係者がギャンブル依存症(*1)と聞き、その病気の詳細を調べてヒラメキました。
閃いたのは、営業マンが積極的に開発に取組む意欲、職人さんや音楽家、芸術家、スポーツマンがワザや技量を高める意欲、それと依存症患者がギャンブルやたばこ、アルコールに依存することの共通点。
その共通点とは、“脳内ドーパミン放出による快感を繰り返し追い求める”こと。その快感追求は脳の報酬回路(*2)に組み込まれます。営業マンの場合は成功体験による達成感という快感です。
つまり、開発の成功体験で快感(達成感)知った営業マンは、同じ快感求め苦労惜しまず“やる気満々“になる、ということです。学生時代から興味あったモノの真理・原理、ヒトがやる気を起こす原理を見つけた想いです。
*1)依存症:ギャンブルやアルコール、たばこ、薬物などへの依存行動により脳内でドーパミンを放出し、快感・歓びを感じ、それら一連の作用が脳の報酬回路に組み込まれ病的状態になること。
*2)報酬回路:脳科学用語。脳の報酬系システムとは、勉強も仕事も、やる気がなければ捗らない。人は「気持ちがよい」とか「快感」を求めることが行動の重要な動機になる。このような快感が生じる脳の仕組みのこと。
(営業マンの開発意欲育成)
開発意欲育成に特効薬はありません。最も大切なことは、開発の仕事で脳の報酬回路が刺激され、快感となり“やる気“が起きること。そのためには、獲得する開発ビジネスチャンスを増やし、成功体験の頻度を増やし、快感となり脳の報酬回路に組み込まれること、に尽きます。
開発の成功体験頻度を高めるには、組織あげて開発に重点おき、関係者で情報共有(開発会議など通じ)、新規開発の進捗を管理し開発効率を上げること、一連の開発活動そのものです。
また、開発アイテムのビジネス期待値(例えば期待販売金額)は、「企業の将来のあるべき姿(戦略)」の実現バロメーターになります。
(上司のあり方、営業マン以外にも適用)
開発意欲を育てるに当たり、部下に成功体験させ達成感を感じさせる上司の力量と指導の仕方が問われます。部下の能力もさることながら、権限ある上司や経営者が、開発意欲育成の意義や脳報酬回路の作用を理解し取り組まなければ、よい人材育成はできません。
またこの人材育成は営業マンのみならず、他の部門の方々にも当てはまることで、ポイントは「成功体験による達成感」であると確信します。
(ドーパミンからアドレナリンに)
因みに、ドーパミンはアドレナリンの前駆体、化学反応によりアドレナリンが生成します。 開発の快感が脳の報酬回路に刷り込まれた営業マンは、開発の仕事で放出したドーパミンがアドレナリンに転化し、元気もりもり、なおさら一層開発に取り組むようになる。
経験から得た教訓ですが、研修ではこれら成功体験の重要性をアドバイスしています。
【ドーパミンはアドレナリンの前駆体】
「ドーパミン」が二段反応により「アドレナリン」になる。
