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OBからのメッセージ No.46

  • 第13期 金属工学科
卒業年度:1979年(S54年)

  • 第13期 金属工学科
卒業年度:1979年(S54年)

表題

  • 私の歩んできた道 「いつも青春」:Part-1前半(高専時代~20代)

~常に挑戦する心で、事業課題解決へ駆け抜けた自分づくりの時代~

2025年12月9日

1-1. 若者を抱きとめた高専の気風

新居浜高専で過ごした日々、血気盛んな若者を抱きとめた独特の風土、それは共に過ごした仲間たちとの絆を育くみ、個性を大切にする気風にあったように思う。新居浜高専の伝統が育んだ気風(風・においのようなもの)の中で、私自身の土台が育まれた時代であった。私の企業人としての旅は、この新居浜高専の学業と生活で育まれた土台をベースに、自分らしさを大切に、波乱万丈な道を、突き進んでいくことなる。

46年の企業人としての終活を迎えた今、この不思議な因縁(因:高専という風土、縁:仲間たちとで織り成した絆)は、高専生活を経験した者にしか宿らないのではないだろうかと、感じずにはいられない。

 

《高専の気風で育まれ、そして培われた礎》

中学3年(S49年)、時代は第一次オイルショック、そして高度経済成長の終焉を迎え、母子家庭であった家庭環境から、授業料免除と特別奨学生の制度を利用し、国立の新居浜高専への道を選択、奨学金とアルバイトをしながらの高専生活がスタートした。高専での寮生活、国領祭などの縦と横の絆づくり、そして厳しい進級制度の中にあっても自由な気風は、血気盛んな若者の個性を大切に、そして自由な発想力を育んでくれた環境であったと感じている。まさに新居浜高専独特の風土“高専らしさ”であり、これまでも、そしてこれからも、その気風が伝統として継承されていくことを願ってやまない。

 

私自身の高専生活を振り返ると、寮生活と高専での勉学は新鮮でもあり不安な気持ちでのスタートであった。3年からは指導寮生として後輩との交流、そして陸上部での部活動と勉学に励みながら、自然と高専生らしさが染みつき、いつの間にか高専での生活を謳歌するようになっていた。しかし、高度経済成長終焉と共に、高専の存在意義に変化が起こり始め、国の政策として、高専3年(S51年)の時に、長岡と豊橋に技術科学大学が新設され、S53年に開校された。

この時代の変化は何を意味するのか? 残り少ない高専生活をどのように過ごし、次なる企業人としてのスタートに、どのように備えるべきか、その答えを求め学生会長へ立候補、そして新居浜高専学生会長、四国6高専総会長として、東京で開催された全国高専学生会連絡協議会に参画、高専の意義と次代への方向性について熱い議論を戦わせたかったが・・・・・・ しかし、四国6高専での協議会、その後の全国学生会連絡協議会での議論は、高専が将来どのような方向へと移り行くのか、私たち学生が入手できる限られた情報と学生同士の議論にはおのずと限界があった。

高度経済成長の終焉、そして国内経済不況と共に、どのような気概で企業人としてのスタートを迎えるべきか、漠然とした課題感を抱えたまま、高専生活を終えた。

1-2. 企業人としての旅立ち、そして生産現場からのスタート

高専5年生になり就職活動に入る1978年は、オイルショックの影響で経済はマイナス成長から低成長へと構造的不況の嵐が吹き荒れ、厳しい就職難の時代であった。そんな時に、世界初太陽熱冷暖房運転に成功、海水淡水化への挑戦など、エネルギーの新たな潮流にチャレンジしている非上場企業Y社のチャレンジ精神に惹かれるものがあり入社試験を受けた。Y社入社式での社長からの新入社員への訓示は、大手企業とは一線を画した、企業理念実現への強烈なメッセージであり、大家族主義を標榜するように、親から子への激励のような感覚を受けた。

◆企業は金もうけを目的とせず、「社会に必要とされる企業」たれ。
◆時代は厳しい国際化の時代、「世界は仲間だ、共に助け合って歩んでいくべきだ」。
◆諸君はゼロからの出発、マイナス(-200)にもなれば、プラス(+300)にもなる。
◆従って、仕事は与えられるものではなく、自分自身で勝ち取れ!
◆そして、社会に貢献する企業人になれ!
◆最後に、これまで育てていただいたご両親への感謝をわすれるな。

Y社は、主力事業である自動車部品の事業で、60年代から業界に先駆け米国ビック3との事業展開を開始していた。しかし、国内経済の不況は、Y社の生活関連事業に深刻な影響を及ぼし、国内事業再編(縮小)の最終段階にあった。私が入社試験を受けた湖西市の事業所は売却され、浜松事業所へ移転、私は浜松事業所の新年度メンバーの一員としてスタートを切った。

1980年、日本の自動車生産は、省エネ・コンパクトカーを追い風に堅調な輸出が国内需要を上回り、80年代は厳しい日米の貿易摩擦(対米輸出自主規制、85年プラザ合意)となり、その後も日米の政府間構造協議が90年代まで継続していった。Y社の自動車部品事業は、70年代には台湾、フィリピン、オーストラリアへと事業展開しており、80年日米貿易摩擦で大きく揺れ動いていた時、業界初となる北米へと生産拠点を展開、すでに実績のあった米国自動車メーカーへの部品供給は、米国自動車業界の変革パートナーシップへと繋がっていった。そして、他社と一線を画した豪亜、北米、欧州への本格的な国際分業を目指した事業展開は、一歩先へ・一歩早く、国際化からボーダレス化への事業基盤を強固なものにしていくこととなる。

一方で、私が所属する環境エネルギー部門は、世界初太陽熱冷暖房ハウスの実証実験を経て、中東、オーストラリア、北米へと展開、また海外技術者へのソーラークーリンク設計教育を開始していた。

 

《奇妙な配属と人事異動、そして自らの仕事を勝ち取るための挑戦》

これまで新居浜高専を含む全国の高専卒の諸先輩は、研究開発部門または工場の技術部門に配属されていたが、なぜか私は太陽熱機器の製造工程へ配属され、上流工程(部品加工)から中間工程(溶接)、最終工程(組立)までのすべての工程を1年かけて経験、気が付けば製造部門での仕事は2年目を迎えていた。2年目に入って浜松事業所も新たな新入社員を迎え、高専卒の2名は研究開発部門と技術部門へ配属された。しかし、私は奇妙な配属のまま、2年目を迎えてもなお、生産現場で2交代の仕事を送る日々であった。

私の頭の中は、疑問だらけ・・・・・この奇妙な配属は何なのか、不可解なまま疑問が頭を駆け巡っていた。

◆いつまで現場での仕事をしなければならないのか?

◆なぜ、技術部門への異動の話がないのだろうか?

私は技術部門への異動へ、自ら動くことしかないと思い上司への提言を試みたが・・・、生産部長から返ってきた言葉は、「君の異動希望を工場長(M常務)へ上申してみる」とのコメントであった。

そして、M常務から「やっと来たか」現場で何を学び、どのような事業課題をつかんだのか?

私の回答した事業課題は、「太陽熱生産のネック工程の生産性を改善すること」であった・・・

M常務からの品質保証部門への異動辞令と合わせて、新たな課題が与えられた。まさに、入社式で社長からの激励の言葉にあった、「仕事は与えられるものではなく、自らの力で勝ち取れ」が頭をよぎった。新たなミッションは、生産性の改善と同時に「新設工場の太陽熱JIS認可のPJリーダー」であった。

◆自ら提言したネック工程の生産性は、2倍にしなければ新設工場のラインタクトが整流化しない。

◆現状の生産技術条件では事業課題は解決しない。非常識への挑戦へ、高専らしさで培ったチャレンジ精神が、私の心を突き動かしていった。

◆“ゼロベース”で生産技術ロジック再構築へと動いたが、技術部門からは非常識と相手にされなかった。

◆技術文献に向き合い、金属工学で学んだ知識をフル回転、実験計画手法も知らない新人ゆえに、数百回に及ぶ実験となったが、この非常識への挑戦が生産性2倍の生産技術条件の発見へと繋がった。

新設の工場の稼働までに生産性2倍を実現し、上位職を統括しながらJIS取得のPJリーダーの仕事もやり切っていった。高専の気風で培った“自分らしさを大切に” “常に新たな挑戦への姿勢”は、社内機関誌通信員、最年少組合執行部、QCリーダーとして全社QCサークル社長賞、JC部長として全社駅伝9連覇などへと繋がっていった。

 

1-3. 常に挑戦する心で、事業課題解決へ物申す

最初の事業課題の解決を終えた1982年、環境エネルギー部門は中東地域への事業展開を進めていた。石油で潤ってきた中東地域における新たな挑戦へ、クウェートの科学技術省との提携、イラクにおける世界最大規模のソーラークーリングPJをスタート、Y社グループ内から6人の侍が先発隊として任命され中東へと旅立っていた。

一方で、国内ではソーラーシステム賞受賞など、太陽熱事業は時代の要請に後押しされ、積極的な開発投資へと突き進んでいた。しかし、1980年代に入って開発された新商品では需要喚起に至らず、なかなか新たな市場開拓へと繋がっていなかった。

同時期に会社は、エネルギー研究所を新設し、重工機器メーカーのM社から常務としてI氏を迎え、米国には日米合弁でエネルギー研究所を新設した。私自身、この新たな動きを、次なる環境とエネルギー時代への企業戦略と理解し、エネルギー研究所への異動を研究所長であるI常務へ伝え、快く引き受けてくれることになったが・・・・しかし浜松事業所に赴任してきたO常務から、事業課題山積の中、エネルギー研究所への異動要請を受け入れることはできないと、厳しいお叱りを受けた。そして、新たな事業課題解決へ、次なるミッションが与えられた。

 

《新たなミッション “業界全体の品質問題解決へ”》

 環境エネルギー部門の挑戦は、持続可能な社会への「熱エネルギーソリューションビジネス」。第1段階は、ソーラークーリングと産業市場等の廃熱利用システムとして、圧倒的な商品力とシステムソリューションであった。並行して天然ガス利活用へのガス吸収式冷暖房機の高効率化に取り組んでいた。

しかし、高効率化開発に伴って発生する、真空機器内部での高温腐食と不活性ガスの問題、吸収式の宿命ともいえる真空抽気装置取り付けは、10年以上に渡って業界での未解決の事業課題であった。

そこで与えられたミッションが、業界での未解決課題である真空維持の技術開発がテーマであった。業界のどのメーカーも解決できないでいる真空維持へのソリューションが命題として与えられたが・・・・・

◆いきなり太陽熱から吸収式冷凍機への業務転換と未解決課題、真空維持への挑戦?

◆私にとっての難題は、化学の領域である鋼材と吸収液の腐食反応、吸収液の分解と不活性ガス、水素ガスの発生メカニズム等々・・・・・これまで、誰も解決できていない問題ならやりがいがあると心を奮起することとなる。

◆約1年間にわたって、データ収集と分析から、腐食反応とガス発生のメカニズムへ化学の猛勉強、反応式、PH状態図と腐食反応、親和力と可逆不可逆反応、不動態皮膜形成反応と再生器温度の相関分析・・そして、ついに1年後に真因究明、品質問題の解決に至った。

生産工程で使用する新たな防錆剤を発見し、新たな生産技術として特許ではなくKnow How 展開し、与えられたミッションをクリアー、更に本来の次世代の環境エネルギーソリューション提言の模索も再スタートした。

 

1-4. 時代はグローバル化、自らの力量の限界に直面

29歳になった時、浜松事業所のO常務に同行し、欧州のHVAC展(Heating & Ventilation Air Conditioning)とドイツの分散型エネルギー市場視察への海外出張の機会を得た。その出張で、更に国際事業部のM事業部長に同行し、イタリアでの合弁契約の交渉に参画するようにとの指示も受けた。

これまで、事業所で見えていた景色と世界のHVAC展、そしてドイツの分散型エネルギーのサイト訪問と欧州における持続可能な地域エネルギーへの転換は、私の視座と視点ではキャッチアップできない内容ばかりであった。
加えて、Y社の本社国際事業部が推進しようとしている戦略的提携と事業展開は、これまでの経験では、その狙いと事業展開を理解することさえできない、ビジネスリーダーとしての厳しい提携交渉を目の当たりにすることとなった。
最もショックであったのが、英語でのコミュニケーション能力の無さから合弁提携交渉の内容にまったく参画できないことであった。

世界企業への脱皮を加速しているY社の一員でありながら、英語すらまともに話せない、いや聞き取れないことに加え、時代は企業間の戦略的な提携交渉、そのGAPにショックと共に完璧に打ちのめされ、帰国の途についた。

 

これまで、大学卒には負けない自信があったが、一部門から見ていた世界観は、小さな籠の中に閉じこもった視座であり視点であったことに気づく海外出張であった。社内での比較優位ではなく、30代を目前に控え、世界企業へ脱皮しようとしているY社で何ができるのか、また、どのみちをどのように駆け抜けるべきか、再び初心に帰ってサラリーマンからビジネスマンへの脱皮へ、白紙から再スタートへの道を模索することになる。

 

次回のOBメッセージPart-1後半(30代)では、国際化からグローバル化へと変遷する事業環境下で、Y社の一翼を担うグローバル人材への道を選択、マサチューセッツ工科大学経営工学院(スローンビジネススクール)への留学、そしてMIT卒業後、経営会議で決定した空調機器部門事業撤退に対し、事業再生を逆提案(社長への事業再生プラン答申)する。そして、自ら事業再生PJリーダーとしての苦難・苦行の道を選択した40代までの道程を辿ってみたい。



運営からのコメント

  必ずしも恵まれた境遇ではなかったけれど、常に自分の可能性と能力を信じ、あるべき姿を実現する為の現実的な選択肢を設定し、選び、積極的に動き、自ら道を切り開いてゆく姿に感動します。 海外出張で目を開かされる場面は、勝海舟に出会った坂本竜馬の様です。 誰でも、若い頃には自分に合った道が、職業が分からず悩んだ事があると思います。その頃の記憶とダブらせると想いが深まると思います。ぜひご一読ください。
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